Ja'Gwaan?

>>Japan/Jamaica News<< レゲエミュージックから政治まで!

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バッドマン 泣かないもん

いまさらながら、シャギー「Bad man don't Cry」のPVはさすがですね。
前作のChurch Heathenに引き続きディレクターはJay Willで、Josey WalesからD'Anagel、
お腹ゆらゆらSky Juice、おしゃべりヤーディのちょい役でウサイン・ボルトでしょ、チラリズム的に
BountyにMavadとBarbee、そしてアサファ・パウエルまで登場しちゃってます。



シャギーの豪邸さながら?な映画「Shotta」の世界、イカにもジャマイカン・セレブリティ~な感じが
すごく好き。
それに比べるとMavadoの「So Special」はあまりにUSかぶれまくりで×。

それで、シャギー。

24.NOV 074
これはChurch Heathen PV撮影時。by me

2009年年明けそうそう、セレブリティらしいチャリティ・コンサートを成功させてしまう
というビッグ・マンぶりに遠い日本で感動していましたのよ!

いわずと知れたジャマイカが生んだワールド・フェイマスなビッグ・スター、
毛むくじゃら、もじゃもじゃ君という意味のお名前Shaggyさま。

プロフィール詳細はこちらで。

ジャマイカはキングストンのゲットーで生まれ育ち(幾度か転々)、NYのブルックリンに
移住。
バッドマン・ビジネスに身を染めるよりはと、US海軍にはいり4年間従事、
その間湾岸戦争でサウジアラビアに赴任もしたよう。
インタビューではその海軍時、色んな「規律」を守ることを学んだけれど、
音楽ビジネスほどキツイ職業はないよ、なんて発言も。

その後その唯一無二なセクシー・ヴォイスと天賦のDeejayスタイルで
ビッグ・スターに登りつめちゃうわけですが、やっぱり本物のビッグ・マンだなぁー
と感服してしまうのは、沢山「得た」からではなく、得たから「与えられる」ってこと
に尽きる!本当に格好いいですよね。

2009年1月3日に行われたチャリティー・コンサート「Shaggy and Friends」の収益金
日本円で約3,300万円は、バスタマンテ小児病院に全額寄付されたそう。

そもそもシャギーがチャリティの必要性を感じたきっかけというのは、7年前、Dave Kellyの
息子がそこに入院して、設備の乏しさを痛感したからだとか。

その時は、シャギー自身それまでの勢いがなく、いわゆるちょっと「落ち目」(という言葉は
好きじゃないけど、いわゆる低迷期)になっていた時だったから、またビッグ・ヒットを飛ばした
暁にはぜひ、力になろうと決意したというのが何より男らしいじゃありませんか。

さらにさらに、
「やっぱりあなたも子を持つ親だから、子供たちを助けたいと思うわけですかね?」
という質問に対して、

「実はそういうわけでもない。
というのも自分の子供がもし病気になれば、飛行機ですぐマイアミに飛んでそこの病院に
見てもらうことができるからね。
ただその事(病院にちゃんとした設備がなく、子供たちが苦しんでいる)が良くないと思ったし、
自分が力になれると思ったし、力になることに意味があると思ったんだ。」

もう~しびれKING!じゃなくて痺れまくり。
「曇りなき心は、迷いなき道を歩く」
体現しまくり。

お金って、そうやって必要なところにうまく廻っていけば決して悪いことじゃない
んだなぁって思わされます。

ちなみにそのコンサートも本当に素晴らしかったようで、一人15分以内と持ち時間は
とても短かったようですが、Tarrus Riley「Stay with you」「She's Royal」、
Tony Rebel 「Fresh Vegetable」「Jah is Standing by My Side」、Freddie Mcgregor
「Push Come to Shove」「Big Ship」、Morgan Heritage「Down By the River」
「 She's Been Loving Me」、Luciano「It's Me Again Jah」「 Lord Give Me Strength」
そんでEtanaにTessane Chinなどなど、「聞きてーー!」とガラが悪くなるほどのライン・ナップナップ。

Tarrus.jpg
(c)The Jamaica Star

でもStar紙によると、一番感動的だったのはなんとLady Sawだったとか。
流産して苦しんでいた(知らなかった・・)Lady Sawが、そのことを書いた歌を
うたい声を詰まらせてしまった。だけど、暖かいオーディエンスに支えられて、、、
と胸が痛いですが、我らがソウ姉御、また数倍強くなって戻ってきてくれることを
祈りましょう。

コンサートのチケットは、
シルバー約6,200円が、290枚、
ゴールド約1万2,500円が、961枚
プラチナ約2万5,000円が、201枚
売れたというのも凄いっすねー。極貧国ジャマイカといえども持ってる人は持ってるな!

でもただの「寄付」という形はとれずとも、アップタウンの人たちもコンサートを楽しむことで
役に立ててるとなれば、こんなに嬉しいことはナイはず。

コカコーラからもシャギーの意思に共感して特別、病院に直接約250万円、コンサート運営に
約125万円の寄付が。

その他もポジティブな輪は拡がって、いろんなところから寄付やサポートがあったようです。

このコンサートは来年も引き続き行われる予定。
びごっびご!
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  1. 2009/01/30(金) 17:20:24|
  2. music

バビロンを燃やせ その1

一人でもできる!?バビロンを燃やす運動 その1


「安モン不買」運動

100円ショップ、大安売り、1個38円の豆腐、とにかく一番安い食材とか、
一番安い洗剤とか、買わない。
できれば大手スーパーとかで買い物しない。アウトレットって、なに?

そういうものを買う行為自体が、バビロン・システム

                      equal

                    大量生産/大量消費
                    安い人件費追求(派遣とか、外国生産(中国・タイ)とか)
                  
                   に加担していることだからね、と思うの。

今話題の「派遣ギリ」とか「中国産食物の危険性」とか、企業とか中国があたかも悪者のように
設定されてあーだのこーだの言っていますけど、そういうものを買う行為自体、自分たち
加担してると思うのですよ。

しょせんヤスモノガイノゼニウシナイ。
なんだけど、やっぱり安いもの買いたくなるよね。

でも、ちょっと考えて。安いもんいっぱい買って無駄に捨ててたりするじゃない?

経済政策で「モノを買え買え」ってバカの一つ覚えみたいに政治家はいうけどさ、
無駄なもの買う人がいるから、無駄なものを大量に作る人がいる。
それが「無駄な」残業、「無駄な」仕事、「疲れた」自分を作って、ダラダラとアウトレットとかで
買い物するしか休日に何もしたくない、なんて悪循環を生んでるかもしれんし~

高いものって、それだけ人の手がかかってたり、材料をきちんと作ってたり。
そういうものを買うことで、そういう人たちをリスペクトして応援することにもなるとおもうよね。



モ・ファヤ!
  1. 2009/01/28(水) 19:44:37|
  2. voice

‘草の根’ ヒーロー なんてこった!

われらが草の根ヒーローおっちゃん、ことLittle Heroの2007年に発売されたファーストにして
ベストアルバム『Revelation』が、なんとビルボード・レゲエ・チャートで1位になっちゃったみたい
ですよ!

littlehero.jpg

ビルボード・チャート

グリーナー

これは個人的になんかすごくうれしい。


つい最近のイスラエルの記事にもYoutubeの動画を載せたばかりなんですけどね、
これまた最近、乱れてきたCDケースを「整理しろや」とダンナ様に咎められて
あらためて見てみると、近年のアルバムで本当に「とっておきたい」のって実は
すんごく数少なくて、そのなかの一つがリトル・ヒーローだったんですよね。

それで最近聴きなおしてたりして。

このアルバムは実は日本のダイアモンド・エッジ・レコードさんが日本先行発売していて、
Riddimでレビューなんぞも書かせて頂いていたんですけど、
B000XQ9I4A.jpg
これが日本盤。

本当に名曲ぞろい。

日本でのセールスでは今ひとつだったみたいですけど、
案の定というのは、だってレゲエ‘通’ウケしない大衆さと、‘流行りモン好き’ウケしないダサさ
が抜群だからサ。
インタビューではプロデューサーのDelroy Robertも、ディストリビューターに苦労したと
言っていますね。
VPさんなんぞが売りたがらないのも良くわかる。
でもこの人のジャマイカでのステージは、本当にすごいですよね!
まさに「地元のヒーロー」て感じで。

そういう人が地道にそしてついに一般的にも評価されるっていうことが、
なんか嬉しくて一人興奮。

ちなみにこのアルバムを「出したい」と申し出たのは先の日本のダイアモンドエッジさんと
配信という形ですがドイツのSoundquake(Iyahさん!)だけだったとか。
日本とドイツ、さすがです。

全曲視聴はこちらから~

Bigamo! BIG HERO おっちゃん!
  1. 2009/01/27(火) 17:35:08|
  2. music

おまけ

おまけ・・・
ジャマイカに行きはじめて1,2回目は写真のシャの字もわからず、
解像度とか画素とかナニそれ?って全然知らないで適当に、でも夢中になって
写真を撮っていたけれど、れーこさんに「その写真をもとに絵を描いてもいい?」って
聞かれて驚き、そのできあがった絵に感動し、
写真を撮る面白さにはまっていったのかもしれない。
そんな初期のヘタだけど、大好きな、大切な写真。一瞬。

BANBOO.jpg
@Bamboo Avenue, Jamaica
  1. 2009/01/23(金) 09:42:55|
  2. photo

rico art ものがたり 3

3回目、最終回。
kitchen.jpg
キッチンシリーズも大好き。あとれーこさんの描くジャマイカ人の「手」。
わたしはごつめがタイプ、うふ。

-れーこさんの描画欲のインスパイアの源はなんでしょう?

やっぱりジャマイカ人だよね。
あとジャマイカ特有の光と影の明暗、色のコントラスト。
ほら、ジャマイカの昼間ってこういうふうに光が射すのよ。(と、窓から入る光と
それによってできた影を指す)この光の強さ。
日本だったら9月とかかな?その時期の光の強さと空、空気のキレイさがあるから、
色のコントラストがすごくキレイに見えるでしょ?
ここにインスパイアされる。
あとジャマイカ人の肌の色がとてもキレイだから。

-ジャマイカは本当にどこを切り取っても絵になるし、誰がモデルになってもおかしくないですよね。


ほんとほんと。ヘタにハンサム君とか描いてもつまんない。

-誰でも写真家になれてしまうというくらい、「全てが絵になる」というか。

本当にね。汚いところ、例えば路地裏とかさ、そういうのが絵になったりね。
下町のゴチャゴチャした感じとか。

-写真を撮るのと絵を描くの、決定的な違いはなんでしょう?


絵はやっぱり時間がかかるよね。イメージして取り掛かってできるまで。
そのクリエイトする楽しみがある。
その時の楽しみと、苦しみ。楽しみと苦しみってジャマイカンライフに似てるよね。

-そうですね、苦しみかぁ。でもなんか、‘悲壮感のない’苦しみですよね。

そうだね、何があっても悲壮感はないんだよねー、フシギ。

-ところで、私にとってジャマイカはどちらかというと<原色>な国なのですが、
れーこさんの絵は<原色>というより<パステル>というイメージがあります。
淡いというか。これはジャマイカを描く画家の中でも、かなりオリジナルだと思うのですが?


そうかもね、原色ではないですね。好きなんでしょうね、こういう色が。
なんか色を創るのが好きだからさ。
あとジャマイカ人を描いて楽しいのが肌の色。濃いじゃない?だから色を創るのが楽しい。
って肌の色を話題にするのはあまり良くないことなんでしょうけど・・(笑)

-人によって色が全然違うということ?


いやそうじゃなくて、茶色って色を創るのに一番面白い色なの。
例えば黄色は黄色からしか創れないけど、オレンジは赤と黄色でできるでしょ?
茶色っていうのはどの色からもできるの。赤でも緑でも黄色でも。それが面白いの。
赤と緑でもできるし、黄色と紫でもできるのよ。同じ茶色に見えて、やっぱりどっか違うわけ。

-それは知りませんでした。日本人の肌は?


白を入れないとね。あと薄っぽいからあまり面白くないかな。
ジャマイカ人みたいな色のグラデーションが出ないからね。

-そんなアートライフを送っているれーこさんにはいつもパートナーが欠かせませんね。

そうですね、愛に生きてます(笑)というか私基本的に愛中心の生活だから、
小学生の時から・・・・(爆笑)
真似しないで下さい(笑) でも1回付き合うと長いんですよ。って
普通はそれが一生続くんでしょうけど。
間違いなく恋愛するおばあちゃんになりますね。

-もうまさにジャマイカ人ですね(笑) れーこさんはジャマイカが合ってるよなーというか
人間の本質は本当はそうなんではないかと思いますけどね。


そうよね。日本だとちょっとムリしちゃってるよね。だから自殺とか多いんじゃないかな(笑)
もうちょっと自由になればって思うけどね。

日本って恋愛が生まれにくいよね。例えば年齢とか職業とか、着るものとか
遊びに行く場所だったり、つきあってる友達だったりなんかあるじゃない?
こっちはそういうのがないからね。
みんな恋愛好きだしね。

-いつか日本に戻ります?

戻らないですね。何か無い限り。


-最後に、れーこさんにとってジャマイカの最大の魅力は何ですか?


ジャマイカ人。ラブリー。

oil.jpg




ricoart_
ブログ「ricoのスケッチ・ダイアリ」
HP「ricoのジャマイカ・アートライフ」
  1. 2009/01/22(木) 21:18:31|
  2. Jamaica

rico art ものがたり 2

前回からのつづき・・・(2006年時のインタビュー)
ブログ「ricoのスケッチ・ダイアリ」
HP「ricoのジャマイカ・アートライフ」

mavado.jpg
(c)ricoart


-ちなみにレゲエにはまった、最初のきっかけはなんでした?

最初にレゲエを聴いたのは、Third Worldの「華氏96度」というアルバムで、
その後彼らの「Love Island」というアルバムがとにかくもの凄く流行って。
それからどんどんレゲエに入り込んでいった感じかな。

-入り込んだ理由って、あえて言うと何でしょう?

それが分からない(笑)
もともと高校時代にロックバンドをしていて、リードギターをしていたの。結構ハードなやつで。
ヘビ革、じゃらんみたいな(笑)

-また意外な新事実が(笑)でもThird Worldはロック色がかなり強いですからね。


そうだね、だから流行ったんでしょ。あとなんか‘海っぽい’感じもサーファーとかに受けてたし。

-その頃他に、どういう人が流行っていましたか?


Jimmy CliffにBob Marley。その後すぐYellowmanとかGregory Issaccs、
Sugar MinottとかAdminal Bailyなんかだね。

-まさに黄金期ですね。ふと思ったのですが、
現在ジャマイカに住んでいる方はれーこさんと同年代の方が多いような気がしますが、
こういったまさにレゲエ黄金期、レジェンドといわれるような人たちが青春時代、
タイムリーに活躍してたっていうのがあるんでしょうか。


あーあるかもしれないなぁ、確かに。

■仕事について

-れーこさんの現在のご職業は多岐に渡りますが、内容を簡単に教えて下さい。


今している仕事は、まず日本のテレビのコーディネート、それからricoart。
ricoartは具体的に注文を受けて絵を描いたり、お土産屋さんに卸したりしています。
あとはライター業。


-簡単に一日の流れを教えて下さい。


ヘルシーライフを心がけているので割と規則正しいです。朝起きたらまずヨガをします。
その後朝食を食べて、昼食を食べて・・・(笑)その合間に仕事をして。
最近は夜ダンスへ行ったりはあまりしないですね。

-PortAntonioで一緒にやらせてもらったヨガは本当に気持ちよかったです。
Kingstonにも結構ヨガスタジオは多いんですよね?ちなみに受講料ってどのくらいするんでしょう?


今結構ありますよね。10件はあるかな。インド人経営のすごい本格的なものとかもあるし。
ちょっとココはムリーっていうくらい(笑) 
受講料は1回JA$700(約¥1,400)くらい。けっこう高いよね。
でもオープンスペースだから気持ちいいし。ヨガを始めて、すごくライフスタイルが変わったかな。
生活のリズムがとりやすくなったというか、気持ちよく生活しようって心がけるようになりましたね。

ricoartについて
-れーこさんはもともと高校で日本画を専攻されていたわけですが、
ジャマイカで絵を描き始めたきっかけは?


92年くらいから約3年間Edona Manley School(芸術学校:現Edona Mankey Collage)
の夜間に通い始めたんです。そこがまたすごく良くて。
日本の学校ってどうしても「こういう風に描きましょう」とか言われたり、
美大に入るためのデッサンから始まったりするんだけど、こっちは自由な発想を大切にして、
そもそもデッサンする石膏がなかったりさ(笑)
でも絵の具の選び方とか、筆の使い方とかはもちろん教えてくれますけどね。

-ジャマイカの芸術学校ってなんだかとても面白そうですけど。
じゆーそう、みたいな。


面白いよー。でもハード。生徒が皆お金無いから、大変だよね。
特に絵なんて材料費がかかるしね。
やっぱり日本は‘アルバイト’があるじゃない?だからある意味何も技能がない人でも
雇ってもらえて月15万円くらいは稼げたりする訳じゃない?
でもこっちはそういうのが無いから(手に職の無い人は雇ってもらえない)。
こっちでは逆にフリーターでやっていける人はよっぽどの技能がある人だからね。
そういう面でハードだよね。

-なるほど。そんな中、学校に通うっていう事はジャマイカでは本当に必死な事なんですね。
日本みたいに暇つぶし程度では通えないと。れーこさんが学校に行こうと思ったきっかけは?


やっぱりそういう(クリエイティブな)仕事がしたかったのよ。
絵を描いて生計を立てたいというのがあったのよね。
日本でもともと洋服を造っていたから、そういう(服飾の)仕事がしたかったけど
その当時のジャマイカのファッション(90’sのダンスホールファッション)を
私は好きじゃなかったからさ。

-でも卒業してもちろんすぐにビジネスにするのは大変
ですよね。


もちろん。仕事しながらちょびちょび趣味程度にはずっと描いていたけれど、
ビジネスとして成り立ってきたのは本当にここ2,3年くらいのもので。
それまではホームページを作成した後からちょっとずつスモールビジネスになってきた、
という感じだよね。

-現在ricoartの作品はどこで購入できますか?

ジャマイカではボブマーリー博物館と、Ochio riosのアイランドビレッジ。
日本では京都のketteさんと沖縄のFLEXさんに置いて頂いてます。

つづく・・・


gyal.jpg
れーこさんの描くジャメイカン・ギャルも大好き。個人的にJAギャルの太ももがたまりまへん。



ophie.jpg
この絵は去年、れーこさんがお留守時にお泊りさせてもらったとき、お部屋に完成前だったけれど
イーゼルに立てかけられ、静かにお留守番していた作品。
その時、とても静かに、だけどものすごい癒しのオーラを絵が発していることに圧倒されて
しまったのでした。
  1. 2009/01/22(木) 12:20:21|
  2. Jamaica

rico art ものがたり

REIKO NAGASE、長瀬玲子さん ブログ「ricoのスケッチ・ダイアリ」
                    HP「ricoのジャマイカ・アートライフ」

oil_vision1.jpg
(c) ricoart

この名前をご存じない方は私のブログを覗いてくれる方では少ないかとお察しします。
そしてレゲエ・ジャマイカ好きで知らない人はモグリっていうくらいの女性。

ジャマイカ在住暦最長(今年で20年!!)、現在はTVのコーディネーター、
各媒体(「Riddim」「Rove」等)での執筆の他、
そしてなんと画家・アーティストとして活躍されている
まさにマルチな才能をお持ちのお方。

わたしにとっては前職アイランド・ツアー(今は亡き・涙)の時からの大先輩で、
今でもジャマイカに行った際にはお世話になり、
夢を次々実現させていく力強い人生のお手本、
決して知人・友人のネガティブな意見をいわない中立な人柄が本当に大好きだし、
わたしのピンチの時はいつもさりげなく前に進めるよう
アドバイスをくれる頼れるMentor!
それでいて、いつも愛に生きる姿がたのもしくも可愛くて、ひそかに「あらあら」と
動向を楽しませてもくれるキュートな一面も好き。

そんなれーこさんが、なんとこのブログを、自身のブログで紹介してくれて・・・
お返しになにかできないかと。

そこでrico art ものがたりと勝手に銘打って、2006年に雑誌「LUIRE」用に取った
インタビュー(一部本誌掲載済み)全文を載せさせてもらうことにしました。

力強くも繊細でやわらかくてあったかい。
れーこさんの絵と、れーこさんを大好きなかたがたに捧ぐ。

rico artものがたり、いってみよう!

「rico art ものがたり」
nosie1.jpg


■ジャマイカ生活

-ジャマイカに渡った経緯と、いつから生活を始めたのか教えてください。

住み始めたのは1989年からだね。
もともとレゲエが好きでその前に1回1987年に観光で1ヶ月滞在してはまってしまって。
1989年の時は「住もう」というより、「何か見つけて帰ろう」と思ってたの。
語学学校に3ヶ月通って、半年は居れるビザを取っていたんだけど、そのまま住んでしまった(笑)
お金が乏しくなってきたら、まぁいろいろやりました。皮職人の弟子、とかさ(笑)

-かわ職人ですか??


当時レザークラフトが流行っててね。
そういうのを作って知り合いのつてでアルバイト料を貰ったりとかさ。

そのあと、また違う知り合い(のジャマイカ人)がレンタカー会社を経営していたんだけど、
彼が日本人向けのツアーもやりたいっていうので、そこでツアーコンダクターとして働き始めたの。
それでワークパーミットも取れて順調に行くようにみえたら、湾岸戦争が始まっちゃってね。

それから2年くらい経って湾岸戦争も落ち着いてきた頃に、アイランド(アイランドツアー)も
ちょうどキングストン駐在を探していたのでタイミングがあってそこで入社した、という感じ。
同時に結婚もしました。(現在は離婚済み)

-その日本人向けツアーっていうのは今もある所謂「キングストン・レゲエミュージックツアー」?

そう、まさにオリジナルよ。
そのレンタカー会社の日本人顧客もほとんどがアイランドのお客さんだったわけ。
だったらアイランドに就職すれば?という自然な流れで。
アイランドの存在はレンタカー会社に入る前からサンスプラッシュで天ぷら屋とかしてたから、
知ってたんだけどね。

-天ぷら屋!鶴野さんが天ぷらあげてるとこ想像つくなぁ(笑)
でもこの頃からすでにキングストンに来る日本人の方っていたんですね。


いましたねぇ。増え始めた頃かな。
ジャマイカ・バブル直前で。でも航空券だけで30万以上、ツアーなんて50万以上の時だから
基本的に金持ちだけね。

-ですよね。初ジャマイカの前はどこか海外には行かれていたとか、住んでいたとかはありますか?

ハワイに1回だけ旅行で。
海外に住みたいという願望も全くなかったのよ。
その頃仕事で洋服を作っていて、それがすごく充実していたし、日本のカルチャーとか
流行り物とかも大好きだったからね。雑誌とかすごい読んだりさ。
ただ周りにレゲエ好きの友達がいなかったし、気軽にレゲエを聞いたり
レコードを買えたりする場所もなくって、わざわざ事あるたびに岐阜から東京に出向いてたの。
でもジャマイカ来たらそういう必要がないじゃない?レゲエがどこでもかかっていて。
だからそりゃはまってしまった(笑)

-でも最初から住む予定ではなかったんですよね?

そうですね、まさか住めるとも思っていなかったし。
ちょくちょく来れればいいな、とは思ってたくらいかな、
別にレゲエ関係の仕事をしようとも考えた事がなかったしね。

-それがジャマイカにそのまま居続けて住むことになった、最大の理由はなんでしょうか?
やっぱり仕事だね。
自分で生活できるようになったから、というのが一番大きい。
でもアイランドに入るまで、つまり来てから2年は生活がすごく不安定だったんだよね。
だけど、その不安定だった時が一番楽しかったなぁー・・・・(笑)

-(笑)普通はその不安定になるのが怖くて帰ったりするわけですが、
不安定になるのがわかりきっていたけれど楽しかったと。

一番楽しかった(笑)今ではもうああいう楽しみは二度と味わえない、若かったっていうのもあるよね。

-なんかすごくわかります、安定大嫌い(笑)
ちなみにレンタカー会社に勤める前まではどういったアルバイトをされていましたか?


ホテルバーのピアノ弾きとか。‘フリー’・ツアーコンダクターとか・・・わかる?(笑)
でもメインは皮職人。

-ピアノ弾きというのはまた驚き。ラウンジでレゲエを弾いていたんですか?
いや、本当にバックグランドミュージックってやつでレゲエじゃないのよ。


つづく・・・・
  1. 2009/01/21(水) 20:37:41|
  2. Jamaica

サーフィン

したいなぁ、あったかいジャマイカで。正確には波乗りじゃなくて、まだ泡乗りレベルだけど。。
塩水もぐって禊ぎ祓い。


Hosted by RockYouPhotos.com
@Boston Bay, Port Antonio, Jamaica
  1. 2009/01/16(金) 22:36:53|
  2. photo
  3. | コメント:2

もりもとさん on The Star!

このブログでも書かせてもらいました『LT1 ジャマイカの性』作者兼編者兼発行人の
森本幸代さんが、1月14日付けSTAR紙でその著作とともに紹介されています。
わおーー
The Jamaica Star 「Dancehall opens Japanese chapter」

morimoto.jpg

超訳。

STONE LOVE36周年バッシュで、MCのNUFFYが呼ぶと、派手に決めたジャパニ・マンが
ステージにあがり、最新のダンスを披露した。

しかしもうずいぶんと前から日本の人たちは、コンサートやレギュラーダンスに出没していたし
ダンスホール・カルチャーを自分たちのやり方で見出していた。

森本幸代は、いちダンスホールファンから、繰り返されるダンスホール特有の文化についての
評論・分析家となって、「LT1 ジャマイカの性」を2008年の11月に自身のMighty Mulesから
発刊。

「90年代初頭に初めてジャマイカに来たとき、スラックネス全盛期でリリックには×××
という言葉がいっぱい使われてました。また、彼らのファッショナブルぶりにはとても驚いたものです」

最初からジェンダーについて興味があったわけではなく、当初はリリックの中で表現される
女性への態度とか「×× fi Dead」という主張だった。

「ダンスホールの曲では、男性がどのくらいオンナに不自由してなくて、ベッドの中では
抜群で、たくさんの女性を従えてるのかっていうリリックがとても多い」森本は言う。

彼女をいつも励ましてくれた敬愛する師が昨年7月に他界、師の励ましにより
ジャマイカ人に対するイメージの質問を日本人から集め、それからジャマイカ人にも
同様にコンタクトをとった。

同本は日本語と英語で書かれており、たくさんの評論家やコメンテーターの記事から
成り立っている。

もりもとが言うには、日本人のジャマイカに対する理解は
「そのほとんどがダンスホールカルチャーに制限されている。あんまりいいとは
思えないけれど・・」

「その理解について好ましくは無いけれど、でもほとんどの日本人はダンスホールの
トレンドをいいものと思ってる。ダガリンとか、性的に奔放なことも含めてね」

「わたしもダンスホール・カルチャーは好きだけど、でももっと違った角度からジャマイカを
見て欲しいとも思う。ジャマイカは、ギャングスタとかその類のことだけの国じゃない。
もっともっと色んな側面があるから」
===

あるレゲエ・ミュージシャンが何かで言ってましたね。
「ジャマイカ人は自国の文化を評価することができない。ヨーロッパや日本の人のほうが
それをよくわかってくれるんだ」

Big up our lioness!


  1. 2009/01/15(木) 21:21:10|
  2. Jamaica

行ってないけど STING part.2

行ってないのに勝手に総括してみちゃうSTING。しかももうかなりOut of Date、でもいきますよ!

KARTEL VS MAVADOばかりがフォーカスされてますけど、他のネタも豊富。
なかでも注目を集めたのがキッポ君ことKIPRICHと、男前ぶりを発揮したらしいASSASIN。

Kiprich
kiprich.jpg
(c)The Jamaica Star

どうやらこの日リリック戦争の口火を切ったのがキッポ君だったみたいで、
その予想外の配役にオーディエンスもまずビックリ。MONSTER EMPIREにしかけるも
誰も出てこず、だいぶたった後に出てきたかれらは大ブーイング。
キッポ君の勇姿にすっかり株もあがって、「あれ以来(賛辞の)電話がなりっぱなし」と
嬉しい悲鳴のよう。

ASSASSINについては、BOUNTY KILLERさえ、目玉のクラッシュに飢えたお客さん達の前には
ブーイングで撃沈していく中、堂々とフル・パフォーマンスをやり遂げ、その卓越したスキルと
Deejayとしての存在感を見せつけたとか。確かにYoutubeで見る限り、ステージでの存在感が
ブジュに近くなってるというか、地元紙にHe was in Gloryと書かれるのも納得!



Queen Ifrikaもクイーンの風格十分だったよう。

そして新しいところではI-OCTANEとLADENが好評だったみたい。
I-OCTANEは、今回リリック・クラッシュとは無縁のところでボスさせることのできた
数少ないアーティストだったみたいで、スペシャル・ゲストにSPRAGGA BENZを向かえいれた
時にはすごいことになってた模様。

I Octane
Ioctane.jpg
(c) The Jamaica Star

LADENはたぶんまだそこまでステージに出ていないので、「観たい~」という熱がかなり
むんむんだったのかと勝手に推測。登場からすごい盛り上がりだったようで、「Time to Shine」、
「I'm Sorry」などバッチリだったみたい。

復活組みからは、なんといってもMerciless。やってくれたみたいですね~
Merciless
merciless.jpg
(c)The Jamaica Star

攻撃の対象になったのが、NINJA、COBRA、BOUNTY、そしてMUNGAだったとか!
なんて言ったのか気になるなぁ。

そしてLADY G!
ladyg.jpg
(c) The Jamaica Star

個人的にもめちゃくちゃ観てみたいアーティストだったから、すごく盛り上げたみたいで
嬉しい。いつかチャンスがあるかな?

でもやはり、キングはBEENIE MAN!
beenieman.jpg
(c) The Jamaica Star

もうどんな状況だろうと、どんなオーディエンスだろうと
絶対完璧なステージングをしてしまう、もう神業ですね。
さりげなく、KARTELをビゴップしていたようですが、まったくもってBEENIEのステージの時だけは
幸せなVIBESで会場が包まれたというから脱帽です。

ここからは目立ってBOOOだったという方々・・・

まずMONSTER EMPIREのRound Head、Ghost、General B。救いようがなく撃沈・・・

次いでBOUNTY KILLER。
「もうクラッシュはしねぇ」とあまりにも空気を読めない発言により、ブーーー。ある意味さすが大物。
bountykiller.jpg
(c)The Jamaica Star

刑務所から出所したばかりのZEBRA。
「観客からは、とても小さな愛を受け取った」。。。。直訳するとなんか、、余計、サビシイ。。

ETANAがもの凄く太っていた、という衝撃の事実も友人筋からの情報で仕入れて
ちょっと気になる。せっかく可愛いのにな。


でも初めてジャマイカでのステージ・ショウを見た時には、新人からみんなあまりにも
ステージ力があるので吃驚したし、ステージが×なアーティストは結局人気が落ちていく・・・
というダイレクト・インパクトなレゲエ業界。
やっぱりSTINGみたいなショウは欠かせませんね。

STINGといえばいつも仮装大会か?というくらいの皆の気合の入りまくった「やりすぎ衣装」
が楽しいんですけど、今年はどうだったんでしょうか?(ビーニが普通っぽくて少し残念)
唯一わかるのはSPICEはやってくれたよう。
SPICE.jpg
(c)The Jamaica Star

レゲエ・ディジェイはリアーナにはなれません、、、

でも昔はSIZZLAやCAPLETON、BUJUなんかも出ていたのに最近はめっきりSTINGには
出なくなってしまって、出演アーティストの偏りもちょっと気になるところではありますが、
なんだか来年は行きたくなってきたぞー、もりっと


(ソース) The Jamaica Star1. 2.



  1. 2009/01/14(水) 17:20:20|
  2. music

ガザ侵攻 2 イスラエルという国

調べてみればみるほど、複雑怪奇な中東問題
グーグル学校のウィキ先生に教わった程度で、雀の脳みそほどの知識しかないわたしが
書けるようなネタではなかった・・・

でも雀なりに、詳細をはぶきマクロ的に俯瞰してみようかと。
本当に大切なことはマクロ的に見ないと見失うものだから。
ちゅん

だれの土地?

ユダヤ民族--

紀元前、そこはユダヤ民族の土地だった。
紀元前722年に崩壊した「イスラエル王国」である。
そこで興った「ユダヤ教」聖典には、そこは「神がイスラエルの民に約束した地」だと
記されている。

その後、覇権抗争に破れ、土地を負われたユダヤ民族は世界中に、離散した。

かれらは資本主義を勝ち抜く術がたけていた民族だったため、欧米で強い力を持つようになった。

が、民族としてはあくまでマイノリティだったため、それは「影の」力となり、表向きには
多く差別や迫害にあっていた。
その極めつけが、ナチスによるホロコースト。

疲れはてたかれらは、安住の地を探し求めた。
聖都エルサレムがあり、かつまだきちんとした国家が設立されていず、
聖典に「神が自分たちに約束した地」と記されている古巣に戻るのがけっきょく
一番だと考えたユダヤ人たちは、2,000年も留守にしていた土地に戻り、すでに
住み着いていた人たちを「おまえらがよそ者だ」と、力づくで(実際には金の力で買収して)
追い出し、住み着いていた人たちは、多く難民となった。
この難民たちが大意でいうところの、パレスチナ人だ。

このユダヤ人の動きについては、彼らの思い込みだけではなく、欧米列強の力も関わってくる。

第一次世界大戦後、パレスチナの地はオスマントルコ帝国(イスラム王朝)の支配の手から
イギリス帝国の支配に変わっており、イギリス帝国はかの地にアラブ(パレスチナ)人の独立国家と
イスラエル国家をつくることを宣言した(矛盾したふたつの約束)という。

この言葉を信じて、ユダヤ人はイスラエルに続々と戻ってきたのだ。

もちろん追い出された人たちも黙ってはいない。
力づくでむかってきた相手と戦うためには、武器を手にとるしかなかった・・・
また近隣のアラブ諸国もイスラエル建国に強い反発を覚え、紛争は広がっていった。

結局武器を売りたいソビエト連邦や、中東の拠点を持ちたいアメリカなどの列強も
複雑に絡み合い、事態は泥沼化。

イスラエル国家を作るといって、実現していなかったイギリス帝国もイスラエルからの
攻撃対象となり手に負えなくなったのでイスラエル支配から手を引き、
それは国連にゆだねられる。

増え続ける死者をくい止めるには、国連はイスラエル建国を容認する以外に道は
なく、こうして金と暴力で建国したのが今のイスラエルという国なのだ。


アメリカとイスラエル
イスラエルは言ってみれば、建国当時からまわりからは眉唾物としてみられていた。
そう、アメリカを除いては・・

つい最近「棄権」した、イスラエルを批判する国連の安保理決議にはつねに数十回以上も
「拒否権」を行使。
イスラエルへの対外援助予算は膨大で、世界第1位。
なんとアメリカは年間30億ドルを借款ではなく、直接援助。その多くは「軍事費」だ。
これはイスラエル国民一人あたり約500ドル相当(ちなみに2位のエジプトへは一人あたり20ドル)
だという。
また、しきりに「核保有」について目くじらを立てている、正義の国アメリカは
イスラエルの「核保有」については黙認

・・・・なぜか?

表向きは民主国家を支援し、中東の安全を図るためである。
しかし実情は・・・
当初は冷戦中のソビエトからの中東地域を防壁の拠点として
イスラエルが必要だった。
だからそこに惜しみなく軍事費や武器を送り込むことを惜しまなかった。

イスラエル政府は莫大なアメリカからの支援で、中東地域一の軍事大国となり
スペインや韓国と等しい国民所得水準の富裕な工業国となった。

周りのアラブ諸国から敵視されているイスラエルを支援することによって、
アメリカも敵とみなされ、中東での反米感情はもの凄く高まったのだ。
こういったことが結局伏線となって、911事件にも結びついていく。


「対テロ戦争」?
アルカイダがやったかも実際、確かではない。
なぜ彼らがそういう行動を取らなければならなかったのか。その理由が語られる事はほとんどない。
アルカイダがやったとしたら、攻めるべきはアフガニスタンだったはずなのに、
無意味なイラク戦争を止めようとしないアメリカ。
パレスチナの人たちが、どうしてロケット弾を打ち込まなければならなかったのか、
その事実も日本ではあまり報じられない。

しかしそれらは全てアメリカ、イスラエル側からみたら「対テロ戦争」ということだ。
・・・・

テロの生みの親はだれなのか?

わたしたちは注意深く見ていなくちゃいけない。

和平解決はありえるのか?
パレスチナとイスラエルは、ユダヤ人が入植してきたときからずっと武装衝突してきた。
国連や近隣の国が和平解決を試みても、その根は深すぎて絶つことはほとんど困難だと
思われている。

しかしこれまで、パレスチナは幾度と無く、疲弊した仲間たちを救うべくどうにか共存できるように
「和平」に同意することを認めている。
しかし、イスラエルは決して和平の道を取ろうとせず、あくまで
ここは間違いなく、あなたたちの土地で、わたしたちは出て行きます
と相手に言わせるまで、その圧倒的に凶暴な手をゆるめようとしない。


これに対していわゆる地下武装組織がますます過激になるのを、
いったい誰が防げるのだろうか・・・?

「テロ組織」と一方的に決め付けられた現在ガザを支配している、パレスチナ勢力のハマスが
選挙で勝ち政権をとろうとすると、その役人候補たちはイスラエルに拉致され、政治が
ほとんどできない状態に追い込まれているという。

考えてみれば、そんな国を擁護するアメリカという国が、日本の拉致問題に真剣に取り組んで
くれるわけもない。

もともと暴力によって作られた国だ、暴力によって全て手にできると思っているとしても
おかしくはないだろう。


狂った国を抑えられるのは、ある意味米国しかないわけだが、世界のリーダー米国も
いまはこの有様。でも・・・

アメリカの苦悩?オバマ新大統領への期待

来る20日には、新大統領が就任する。アメリカのイスラエルに対する出方も多いに
変わることを期待せずにはいられない。

最後にもう一つだけ。
2007年米国で出版され、大論争を巻き込んだという「イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策 」という本がある。

これによると、米国の政治にも絶大な影響力を持ついわゆるイスラエル・ロビーという圧力団体
のおかげで、いまや重荷となっているイスラエルに対して米国は支援、擁護し続けなければ
ならないのだという。

いかなる政治家もイスラエル・ロビーに歯向かうことは不可能であり、前ブッシュ大統領も
パレスチナを擁護する政策を推し進めようとしたところ(ほんとかよ?!)、イスラエル・ロビーに
阻止された被害者であると・・・

信憑性のほどはどうだかわかりませんが、たしかに納得せざるを得ないことがある。

イスラエルを支援し続けることは、アメリカにとってすでにメリットは少ない。
1、支援などしなくても十分豊かな国であり、自国の危機の方が深刻
2、イスラエルを支援することにより、より中東から嫌われ自国がテロの被害にあう可能性が高まる
3、イスラエルを支援して支配しておこうという目論見はもろくも崩れ、指揮権をほとんど失っている

以上の3点をみても、たしかにアメリカが真にイスラエル支援を望んでいる、とは
にわかに信じがたい。
そしてこの本では、米国では絶対的にタブーとされていること、
「人権の概念や国際法、そして民族自決権の原則に反しているということを根拠とする
鋭い批判に直面する、世界でほとんど唯一の国
であるとイスラエルを糾弾している。

そして、オバマ大統領だけど。
民主党の大統領選挙資金の、じつに60%をユダヤ系支援者から得ているといわれている。。
つまりイスラエルにもっとも強く出られない立場なのだ。

でも一つの希望としては、ヒラリー・クリントンやマケインなどは、確かにそういった富裕層、
実力者からの支援金に支えられて選挙戦をしたけれど、オバマさんはインターネットなどでの
一般市民の寄付等で選挙戦を戦ってきたということ。
これが、最後の救い、頼みの綱となりますように。
どうか「CHANGE」してください。

日本は?
ここまで「軍事力」というものについて、重要視しているアメリカという国が
日本にそれを持たせないということはどういうことなのか?

アメリカは本当に日本を守っているのか?

日本人は真剣に考えた方がいい気がする。

Prayer
忙しく日々を生きている現代人は、歴史や社会問題に注意を向ける時間も少ないけれど、
真実を知るという事がいかに難しく、たいへんなことなのか痛感させられます。

今、凶器の火を吹き上げているのが、ユダヤ、キリスト、イスラムの三大宗教の
聖地エルサレムのある地だと思うと・・聖地が火を噴いている。。

最後にできることは祈ることだけ・・

それでも、なにか変わるのではないかと、やっぱり信じたいです。

Little Hero - Prayer Time



PUSHIM - ルネサンス


中東問題に興味のある方にこのページが親切でわかりやすいです。
http://www.geocities.com/inazuma_jp/index.html



  1. 2009/01/13(火) 21:50:41|
  2. 政治
  3. | コメント:2

ガザ侵攻

2009年1月11日時 イスラエル、パレスチナの被害者統計  
ピンク-イスラエル、オレンジ-パレスチナ)
Gaza-Israel_war_casualties.png


・・・・息も絶えだえ、、弱りきったライオンの群れが、最後の力を振り絞って
さんざん自分を痛めつけてきた人間にはむかった。

人間は怒りくるって弱りきったライオンの子供たちを銃で撃ちまくり、
プライドだけでどうにか立っている親ライオン達も執拗に打ちのめし、
最後の1匹を始末するまで、血だらけの彼らを追い回す・・・

イスラエルが人間で、ライオンがパレスチナ。たとえば。


常に周りから敵意を持たれ、いつ命を狙われてもおかしくないような人は、
いつもビクビクおびえている。
だから、ちょっと攻撃されただけでも過剰に反応して、
護衛用に持っていた(かもしれない)銃をやみくもにぶっ放してしまう。
イスラエルの今の狂乱ぶりは、そんな恐怖が根に深くあるみたい。

もちろん、イスラエルとパレスチナの問題は、歴史も長く、複雑でアメリカと中東問題
も深く関わっているし、ブログで書ききれるようなことではないと思う。

でもいまの現状だけをあえてみてみるとするならば、

種子島とほぼ同じ大きさのガザ地区に押し込めれたパレスチナ人、
その人口約150万人。(ちなみに種子島の人口は約3万4,000人)
テロ組織と決め付けられ、正常な国営もできないような状況に、海外からの支援も打ち切られ
(もしくはイスラエルにせき止められ)どうしようもない状況になって、イスラエルへロケット弾
発射。
その報復として、今も非人道的な爆撃が続いている、、、

これに対して当然、世界各国からイスラエルへの非難の嵐はものすごく、
国連でもイスラエルに即時停戦を求める決議案が出された。
こういった事態(イスラエルに対して非難決議)になるといつも「拒否権」を
行使していた唯一の国アメリカも、今回ばかりはさすがに
賛成はできずとも表向きは「棄権」という形を取り、国連に合意したようだが、
イスラエルはその魔の手を止めようとしないという現状。

世界中が就任を待っているオバマ次期米大統領はこの件について、
(まだ就任前なので)「大統領は一人である」として、はっきりとした意見を
述べるのを避けている。

「いったいこれはナンなの?」

ふだんいくら社会問題や、歴史問題、政治に無頓着なわたしたちでも
さすがに無関心でい続けるのは難しそうだ。

bbc2.jpg
(c)BBC NEWS
*抗議運動で、脱ぎ捨てられた靴。実際には300人分の靴が脱ぎ捨てられたそうだが、
900人近くの靴がそこにあったら、それが死者の数だと思うと妙にリアルで説得力のある抗議だ・・・
星条旗プリントのスニーカーに真っ赤なペンキも生々しい。



でも知らないことに何も言えない。

イスラエルとパレスチナは何故ずっと争っているのか?

アメリカは何故イスラエルの肩を持つのか?

オバマが就任したら、アメリカの姿勢は変わるのか?

日本の私たちには無関係なのか?

また長くなりそうなので、次回につづくということで・・・(大丈夫か?!)
  1. 2009/01/12(月) 16:48:43|
  2. 政治
  3. | トラックバック:0

行ってないけど STING 

STING 2008、すごかったみたいですねぇ
kartel_Mavado.jpg
(C)The Jamaica Star

行かれた方々のレポートを読んでは、「楽しそうだわ」とうらやましい限り。

STINGといえば、前職アイランドツアーで初めて自分でツアーを作って、
ジャマイカに見に行ったビッグ・ショー。当時はただただ圧倒されて、8時間くらい
VIPエリアから動けず半径1Mぐらいの中で釘付けになってましたっけ。

その時はまだカーテル&マーシャルなんて感じで、ニューカマーだったKARTELも
いまやビッグDeejayにおなりになって、長年ビミョーなクラッシュで終わっていた
STINGに、本当に「DJクラッシュ」を復活させてくれたようです。

結果は地元紙では「ドロー」ってことになってるみたいですが、Youtubeで見る限り
やっぱりMAVADOが最終的には勝ってるみたい。
前半は圧倒的にKARTEL優勢って感じで、地元だけあって人気もスゴイし、
リリックでもがんがん上げてる感じでしたけど、だんだんMAVADOも調子が出てきて
(ガンガンDeejayしちゃってますね、さすが!)若干形勢が逆転してきたところで
ティーチャ失言しちゃいましたね。
「昨晩おまえのかぁちゃんと、やったったで」
で大ブーイング。
地元紙によると触れちゃいけない「ソフト・スポット」に触れちゃいましたねぇ、ということらしい。
それに対してMAVADOはすかさず
「変態KARTELはかあちゃんにピーピーするとこ見てもらってるで」(たぶん)
で大ボス。

・・・・

そこから一気にKARTEL撃沈で、MAVADOは勝利を確信して退散という感じ?

KARTELは相当口惜しかったと見えて、即効その足でこのネタの曲をレコーディングしたとか。
タイトルは「DON'T RUN」(LAST MAN STANDING)
まだ勝負はついてないのに逃げやがって~ということらしく
内容がこちら、

"Di boy run like a wounded dawg, bruk Usain record,
ボクちゃんは怪我した犬みたいに逃げ帰って、
ウサイン・ボルトの記録を破るほどすばやかったな

don't run barber boy don't run,
逃げるな床屋のおぼっちゃん、逃げるんじゃねえ

The boy dress up like police an a run like thief,
ボクちゃんは警官みたいにドレスアップして、
泥棒みたいに逃げやがった

don't run barber boy don't run -
逃げるな床屋のおぼっちゃん、逃げるんじゃねえ

we a di last man standing,
最後に残ったのは俺たちだ

てな内容らしいです。

この口惜しがり方からして、「負けた」って思ってるんでしょうね。
まー負けず嫌いですこと。
「警察はWARにいかねぇぞ、行くのはソルジャーだぜ」とも語ってるとか。
衣装のこと、突っ込みたかったんでしょうねー、ぐやじぃーーー!みたいな。

でも本番はMAVADOのバンドがバックだったし、MAVADOの取り巻きは
ずいぶんステージに登ってしまっていたようですが、KARTELの取り巻きは
プロモーターとの約束を守って、少ししかいなかったとか色々状況は
KARTELに不利だったようですが、結果は結果ですよね。

でも実際のバイオレンスが無かったことが本当に良かったですね。
きちんと「DJ CLASH」してくれれば、オーディエンスも不満を別の形でクラッシュする必要も
ないということだったら、最高です。

どちらが勝ったにせよ、二人とも男らしい!とやっぱり思う。
だって人気絶頂の二人、コテンパンにやられたら、かつてのSUPER CATみたいに(?)
もう浮き上がれないかもしれないほど、落されるかもしれないリスクがあったんだから。
逆に「負ける気がまったくしねぇ」と双方思ってたからこそできたんでしょうね。
うん、やっぱり男らしい。これぞジャメイカ男のバッド・ネス?
現地は穏やかではないとおもうけど、イスラエルのガザ侵攻に比べたら
本当に微笑ましいとすら思えてしまう、LYRICAL WAR、GWAAAN!!!!



(ソース)THE JAMAICA STAR

  1. 2009/01/09(金) 21:45:27|
  2. music

探し物はナンですか?

」について、新年一発目ということで書いてみようかと。

みなさん「夢」って、ある?

子供のころは、もちろんみんな持っていたと思うけども。

わたしは覚えているかぎり、
一番最初の夢は、「タレント」(はずかしー)
歌手でも女優でもなく、「タレント」というのが、ただ目立ちたいだけっていう、
「なつき・だ・べすと」なお子様だったから露骨な感じ。

次がプロゴルファー。
猿

今みたいにハニカミ王子もいないし、ゴルファーっていえばジャンボ尾崎か
青木功しかいない時代だったけど、プロゴルファー猿がすごい好きだったのと(主題歌フルで歌える)
「プロゴルファー玲子」というドラマに影響されて。(なんだそれー)
火の玉と化した、ゴルフボールを7番アイアンで打ったーーそしたら悪者の顔面にヒット!
カックイー!みたいな。
ま、けっきょく小さなコースに出たら、コツーーンと親父の頭にボールを当ててしまって
「どこみて打ってんだ、バカヤロー!」って怒鳴られて終わったんですけど。

次が弁護士で(たぶん「異議あり」ってジョディ・フォスターみたいに毅然と言ってみたかったのか?)
最後が医者。
これは結構本気だったんだけど、自分の能力をかなり過大評価していたようで
高校時代に挫折。
それ以来、コレ!という夢ってなかったなぁ。
まぁわれながら凄まじい勘違いぶりを発揮していましたが。。

でも不思議といつも探してたんですよね。なんとなくでも。

夢を探すっていうわけではないんだけど、「何か」を探していたというか。

答えはだいたいわかってるんですよ、でもハッキリ「これ」って言えないレベルで。


なんかそれって、探し物してる時に似てるなって。


どーーーしても無くしちゃいけないものをなくした時。

どこにあるかも全然わかんないとき。

ものすごーーくお股のあたりがスースーするような、落ち着きのなさ
そう、焦燥感を味わう。

考えても考えてもわかんない。

考えても答えの出ないことを考え続けるのって、本当につらい。


でもね、考えつづけることが大切なんじゃないかなぁーってつくづく思うんですよね。


探すのをあきらめたら楽だから、「見つかりませんでした、ぺろ」ってしちゃっても
いんだけど、どこかに必ず「ソレ」があるんだよ。


なくし物をした時は、「ニンニク」といい続けると見つかるらしい。
なくし物の悪魔がニンニクが嫌いだから、ひゃーーって降参して隠してたなくし物を
出してくれるんだって。

夢を探す時にも、「こうしたらみつかる」っていう合言葉があればいいけど。
「どりあーーーん」とか。

でも気づいたらね、その夢とか、理想みたいなものを越してたなって思うんだよねって
大好きなPさんが言ってたし、本当にそうだなともつくづく思うツーサウザンナイン。

ま、探すのを止めたとき、見つかる事もよくある話って陽水さんも言ってるけどね。

Still Searching 2009

夢の中へいっときますか!
ナンダコレ?うふっふー



  1. 2009/01/08(木) 22:45:57|
  2. voice

年賀ふぉと状

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今年も宜しくお願いします。
みなさまのご多幸をお祈りいたします。
  1. 2009/01/05(月) 10:48:32|
  2. photo

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